名残

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落ち着いて「何者になりたいか」を考える

(この記事は以前投稿した「人生の進捗状況」の内容を書き直して、今後のために自分を見つめ直す話を追記したものである)

僕は何者になりたいんだろう。ここ数年悩んでいる問題である。 これ以上時間をかけたくない、立ち止まっていたくないという気持ちが強まっている。ここで今一度自分の人生を振り返って、この問いに落ち着いて取り組みたいと思う。

僕にはプログラミングという趣味があり、中学時代からかなりの時間をプログラミングのために使ってきた。 四六時中プログラムに関するアイデアを練って、パソコンを開けるタイミングがあればすぐコードを書く。 高校では自分からパソコン同好会を立ち上げ、文化祭で制作物を展示するところまで漕ぎ着けた。 高校3年の進路選択のときには自然な流れで情報系学部を志望し、実際に推薦で入学した。

これは自分の落ち度も多分にあるが、一人暮らしの大学生として丁寧な生活を送ることにどうしても慣れなかった。 今言葉にするとアホらしいが、周りをモチベーションの低い生徒で囲まれていても精進しつづけることは、なかなか難しいことなのである。 本当にこの進路でよかったのか悩んだ。初めて自分の人生がどん詰まりになったように感じた。

しかし幸い大学の情報系サークルに唯一の居場所を見いだした。 純粋にコンピュータに親しんで自分の気になることを掘り下げ手を動かす人がたくさん居て、それ以外の趣味についてもわかちあえる夢のような空間だったのだ。 ここを拠点として、これからどう歩むべきか悩みもがきはじめた。 僕自身はかなり頑固なので、どん詰りな現状に抗って、将来的に居心地の良い環境で働いて何とか生きていくために技術職インターンに何回も参加した。

精神状態は悪化の一途を辿った。人間としてまともな生活はできるはずもなく、部屋はゴミ屋敷と化し、耳鳴り・頭痛・めまい・吐き気・焦燥感・不安感に一気に襲われる発作のようなものにも悩まされるようになった。自分にはキラキラして見えるインターン先の大人たちや、サークル繋がりの友人だけが頼りだったのである。そんな拠り所すら無かったとしたら今頃この世にいなかったかもしれない。

いよいよ体がもたなくなり、大学を中退して実家に戻ってきた。 いつの間にか両親と心理的な距離ができていたことに気づく。 心療内科に通院しながらの療養生活が始まった。 コロナが蔓延したせいで旧友と会うこともできず孤独感が高まった。 元首相の射殺や戦争といった痛ましいニュースの連続が精神の消耗に追い打ちをかける。

心療内科でのカウンセリングのときに母が発した「心配で死んでも死にきれない」という言葉に触発されて、これ以上心配をかけないために学士の資格をとることにした。 放送大学の全科履修生になって、調子が良いときにどんどん受講を進めるようにした。 それまで続けていたプログラミングの仕事に関しては、体調が安定せず休職と復職を繰り返してしまうので一旦ストップして考えないことにした。

療養しているなかで顕在化してきた問題がある。それは「自分は何者になりたいか」という問題だ。プログラミング自体は継続できているが、その分野は時期によってバラバラだった。そもそも自分は飽き性で、あれこれ触っては次に移ってしまう。ある時は Web 開発をし、ある時は Vulkan で CG を扱い、またある時はアセンブリ等で低レイヤープログラミングをしていた。それらをそのまま書き出したポートフォリオの内容は当然一貫性がなく、見た人にはメインの仕事として何がしたいのか、すなわち「何者になりたいか」がわからないだろう。いろんな技術に興味を持って絶えず学ぶことはエンジニアとして決して悪いことではないが、採用される側に立ったときに何者になりたいかはハッキリさせなければならないのだ。

では改めて、何者になりたいか?と自分に問いかけると、なかなか答えが思いつかない。これまで考えたことが一切なかったわけではないし、答えを出して行動することを恐れていたわけでもない。単に無気力で、ボヤケた夢を見つづけていることに安定を見いだしてしまっていた。でもさすがにこんな時間は終わらせなければならない。親もいずれいなくなるし、何者かになって現実的に稼げる術をもたなければならない。何より、自分の軸がブレブレだから周りのキラキラしている人間を見て心が簡単に揺れ動いて流されそうになるのが問題なのだ。

本音をいえば、何者にだってなりたいし、何者にもなりたくないのだ。自分が何にだってなれると深層で思っているぶん思い上がりだが、キラキラしてる人間を見れば自分だってそうなりたいと自然に思う。それに相反して、他人と比較する衝動から解放されたくてそもそも何者にもなりたくないとも思う。このアンビバレンスは収まりそうにない。

絶対的な答えが出せないなら、ある程度は妥協もしてとりあえず現実解を出さなければならない。プログラマに限らず、あらゆる可能性を考え始めた。「好きなことをどんどん調べて手を動かす」事自体が人生のメインテーマだとさえ思っているので、自分や他の人のそういった活動を支援する人間になるのが良さそうだと気づいた。そういうわけで今はレファレンスサービスや生涯学習支援をする図書館で働くことも視野にいれ、じっくり準備を進めている。

これは人生の核心に関わる部分だから、他人の一面だけを見て流されて衝動的に決めてはいけないと戒める。落ち着いて、じっと先を見つめて粛々と歩を進めるよう自分に言い聞かせている。